最近みる夢が馬鹿げている。
世界の名作童話仕立てで、そこに登場するわたしはお話の主人公なのだ。昨夜なんてシンデレラだった。お城の舞踏会用に継母の靴を磨かされ、意地悪な義姉たちのドレスを縫わされた後、カノジョたちが去った後の廊下を、顔が写るぐらいピカピカに掃除させられた。冷たい水仕事で手は荒れ、疲れすぎて声もでなくなった頃、やっと魔法使いが登場して夢の中のわたしは「救われた!これで舞踏会に行ける!王子様に会える!」と喜んで、さっそくガラスの靴を履いて、お城に駆けつけた。王子様はいた。夢の中の王子様は精市の顔をしていた。びっくりした。そんなわたしが更にびっくりしたのは、精市の顔をした王子様はすでにガラスの靴を履いたちがう女の子と踊っていたことだった。おとぎ話にお姫様は2人もいらない。そこでわたしはあっけなく退場となる。12時の鐘を心配する必要もなかった。余裕で家に帰れた。もどったわたしには、抜け出した罰としてさらなる床磨きが命ぜられた。泣いた。夢の中のわたしは「この生暖かい涙で床を磨いたら手も荒れないかな.........?」と思っていた。

まったく馬鹿げている。



「彼女ができたんだ」

友人の精市が、先日そう言った。呆然としたわたしに「には一番に報告したくてね」と言う精市は、まるで母親に吉報を知らせる子供みたいな嬉しそうな顔だった。もし精市が猫だったら(それはさぞかし優美な猫だろう)さしずめ穫ってきたねずみを飼い主に見せにきました、と言った所か。それなら可愛すぎるが、わたしは精市の母親でもないし、精市は猫でもない。どちらにしろ、精市のその行動は「一番の友人」に「一番好きな人」ができた事を知ってもらいたい人間として自然な行動だった。わたしは光栄なことにとりあえず「一番の友人」枠に入っていたらしい。嬉しい。だが、ということは「一番好きな人」枠からは除外される。心臓が痛むぐらい悲しい。なぜならわたしは「一番の友人」枠も「一番好きな人」枠もいっしょくたにして、そこに精市を入れていたからだ。現実でみる夢は、とことん悲劇だ。

絶望したわたしは、とりあえず一番の友人らしく最初の忠告をしようと思った。


「避妊だけはしなよ」


最低だった。

精市は大爆笑して「俺、のそういう所大好きだよ」と言った。

最後の5文字の響き。
その返事も最低だった。




わたしは精市と友人になって以来、たくさんの嘘をついてきた。
そのごとごとくが精市にバレた。ただ一つの嘘を除いては。その嘘こそが一番精市に見破ってほしい嘘だったのだけれど.........。精市の「良い女友達」の座を死守する為に、あらゆる手段を使い、わたしはわたし自身をも欺いてきた。『嘘をついてはいけない』とよく人は言うけれどそれは真実だ。嘘は、嘘はついている者すらをも騙し、役者へと変える。知らないうちにわたしはずいぶん「精市を好きじゃないフリ」が上手くなっていた。舞台の上のわたしは何時でも真実を叫びたくてしかたがないのに、観客の精市が嘘の演技に拍手してくれる度に、笑顔でアンコールに応えるのだった。役者というよりも、いっそ道化である。




今夜の夢は、人魚姫だった。
船の甲板にたたずむ精市王子に、一目で恋をしたわたしは海の王国での生活も姉妹たちもすべて捨てて、魔女に人間になる薬を処方してもらおうと、腰かけていた岩から海へ飛び込んだ。その瞬間、運悪く荒くれ漁師の網によって生け捕られた。人魚姫といっても半分は魚なので、大変めずらしい海鮮物として、活け造りにされて王子のテーブルに献上された。当初の予定とは大分違うが、それでも王子に近づけたということで、刺身になったわたしはドキドキしながら目の前の精市をみつめたが「俺、魚は焼いた方が好きなんだよね」という一言で、あっけなくゴミ箱行きとなった。野良猫たちに顔を舐められながら「食べ物の好き嫌いはあんまり良くないと思います、王子様...........」とわたしは思った。

あまりの馬鹿さに、笑いながらそこで目がさめた。
この夢以来、食物がうまく喉を通らない。


「あれ?、少し痩せた?」

「お世辞はいいよ........精市」

「じゃ、やめるね。やつれてるよ?」

「ありがとう.........」

「ちゃんと食べてるのかい?」

「うーん.........」

「駄目だよ。ちゃんと食べなきゃ。ハイこれ、俺の弁当あげるよ」

「精市はどうするの?」

「俺は彼女に作ってもらったのがあるから」

「.......................」


バッタリお弁当をわけあう精市たちに遭遇したくなかったから、お昼は屋上に避難した。そしたら屋上がお気に入りの仁王と遭遇した。顔色のわるいわたしを見て、今度は仁王が幽霊に遭遇したみたいに「ゲ」て顔になった。去り際に口笛を吹きながら、仁王は自作の歌を残していった。

「嘘つきが受ける罰〜それは愛する者からの永遠の不理解なり〜♪」

さすが詐欺師。
よくわかっていた。




今夜の夢は赤ずきんだった。
手にバゲットとワインを持たされ、おばあちゃん家へと送り出されたわたしは森で狼に会った。仁王が狼をやってた。今夜は出演者が豪華だ。仁王狼は「お前さんはいらんから、そのワインくれ」と早速原作にないコトを言った。未成年飲酒になるなと思ったけど、仁王は今狼だからあてはまらんな、とかなんとか考えてたら、いつの間にかワイン一本丸ごと飲まれてた。銀色の尻尾をゆらゆら揺らして昼寝をはじめた仁王狼をのこして、わたしはおばあちゃん家に急いだ。もちろん家にいたのは本物だったが、ワインがないことに激怒した本物のおばあちゃんはペロリとわたしを食べた。おばあちゃん酒乱か。しかたなく胃の中で、幸村猟師の登場を待っていたらソッコーで消化されてうんちになった。残念ながら幸村猟師はまだ隣村で美しい村娘にお茶をごちそうになっていた。うんちになったわたしは「今、精市に助け出されても恥ずかしさで死ねるな.........一生このままうんちでいよう」と決心してた。今更な羞恥心である。

最高に馬鹿馬鹿しくて、この夢も笑いながら目がさめた。
そのあとで少し泣いた。

今日もわたしは嘘を本当にするため、制服の袖に腕を通す。
わたしの拙い演技にむけてくれる、精市の笑顔が欲しいからだ。
でも、最近は...........寝不足でふらふらしはじめて.........廊下の向こうからやってくる精市のまぶしい笑顔すら霞む最近は...........うまく演じれる自信がない...........。


「おはよう、

「.......................」

「どうしたんだい?死人みたいな顔じゃないか?」

「.......................」

?」

「.......................」

?」

「...................精市」


「なんだい?」

「...................もう夢にでてこないで」


っ.........?おい?どうしたんだい、しっかりしろ!」


そこでわたしの意識は途切れた。




次に目覚めたのは保健室だった。そばには精市がいた。
本気でわたしの精神状態を心配した精市に、あらいざらいこの数日間のメルヘンな悪夢を白状させられた。「妄想がたくまし過ぎるよ」と呆れられた。当然だが、わたしの恋心もバレた。わたしの本当の気持ちを知った時、精市は何も言わずただわたしから目をそらさなかった。その真摯な優しさが最後まで精市らしいなあ......と悲しさ半分、恋しさ半分で思った。「おとぎ話ね........」とすこし考えこんだ精市が聞いてきた。


「その夢たちの中でさ、俺はいつも王子様だったりはお姫様だったりするの?」

「まあ大抵はね」

「俺、脇役の方がいいな」

「なんで?」

「たとえば名も無い脇役同士なら、かしこまらずに喧嘩したり、大声で歌ったり、退屈な宮廷から飛び出して一緒に世界中を船で航海したりも出来る。その方が自由で楽しそうじゃないか?」

「そうかな..........?」

「ああ、絶対にそうだよ」

「...............世界中のお宝をさがす冒険とか?」

「いいね」

「金品や食料を強奪したりして?」

「ハハハ、それじゃ海賊だよ、

「でも、それも魅力的だね」とわざと悪人ぽくニヤリと幸村は笑った。

「とにかく俺はとは、退屈でつまらなそうなハッピーエンドを迎える王子様とお姫様にはなりたくないんだ。こんなに妄想たくましい面白い友人なんだ。めでたしめでたしで終わっちゃたまらないよ」

ベッドに横たわるわたしを見つめて、精市は優しく微笑んで言った。


「もっとおとぎ話のつづきを見よう、


そうして、悪夢で痩せ細ったわたしの手を精市は握った。


「疲れたろう?眠って。...............次に起きた時は俺がそばにいる」


その声に吸い込まれるように、わたしはすぅーと眠りに落ちた。


夢の中のわたしと精市は、精市が描いた大きな旗をかかげて、オモチャみたいな木造船に乗って、広大な夜の海原へくりだそうとしていた。昼間の青さを僅かに溶かしこんで、素晴らしい漆黒の海が眼前にひろがる。潮の匂いを胸一杯にすいこんで隣をみれば、舵を取る精市の髪が夜風にふかれてなびき、美しい幻のようだった。その横顔が今度こそ消えないよう、心に痛いほど祈ったわたしは、ぎゅっと現実の保健室で握りかえされた手の温かさで、それが永遠だと知る。 「ほら」と遠くにみえる一番強い光を精市が指差した。

その一番強い光、北極星をめざして
わたしたちは航海する。






120117